理事長ごあいさつ

益子グループ理事長 益子博

新年あけましておめでとうございます、本年もいままで同様のお付き合いの程どうぞよろしくお願い申し上げます。しかしながら、この文章を書いているのは新年の2ヶ月以上も前の臨時国会が召集された翌日の10月27日で鳩山由紀夫首相の所信表明演説、政治主導での「戦後行政の大掃除」に取り組むとの決意表明を聞きながらであり、それは選挙で国民の多くが望んだ今回の政権交代その時でありました。

その演説の中で鳩山首相が最も力を込めたのが「政治は弱者のためでもある」との理念に基づき、その発言は我々が日ごろ望んでいた社会保障政策を充分に反映されていたものではなかったでしょうか。21世紀になり市場原理主義の勝ち組・負け組に分けた経済運営の基で、対米(年次改革要望書に沿った)追従の小泉政権は財政・金融の視点から自己責任と財政均衡の考えのもとで理由も分からず医療費や介護費をひたすら抑制しました。その結果として医療や介護の仕事の評価の難しい負担のかかる過重労働の現場から次々と崩壊を招いたのでした。

しかし、以前の自民・官僚政権はまだ戦後の混乱期の収まらない昭和36年に国民皆保険制度を実現し、いまの医療の基礎となる素晴らしい社会保障国家作りを推進したのです。これにより国民は非常に低い医療費で高い成果を享受し世界的に最も高い評価をされてきたのもまぎれもない事実でした。しかし長く続き過ぎそのための利権<例えば国内に100近くの空港建設や2000以上のダム建設、それに関連した港湾整備など>も多く硬直した自民党中心の政権からの本格的な政権交代により、修正の効かなくなった振り子は正しい方向に戻りつつあり、これまでの方針を大転換し社会的セーフティネットへの配慮を強調し、新たな社会保障制度国家作りを鳩山首相は所信表明演説で発表したのでした。そこには、かつてなら財務省が強く抵抗したであろう多くの言葉が並んでいたのでした。

この10年の間に病院や診療所はあらゆる面でストレスも多く経営全般が急速に悪化し生き残っていくのが厳しくなってきました。特に一番に大変なのはいままでの朝令暮改の医療政策の中で明確な将来像を描けなかったことなのです。低医療費政策の下での影響を一番に受けているのは多くの中小病院であり、それは医師や看護師などを元とした医療者不足の厳しいなか、多くの専門職員を揃えなければならないのが本当に大変であるにも拘らず、医療を受ける方々に安心や安全を保障した上での難しい経営管理業務であります。

益子病院も理想的な医療を求め第二病院の建設計画を立て本院のスペースを空けた上で医療環境改善を目指しましたが、現段階では新病院建設はとても無理と判断しあきらめました。そこで病院全体の計画を変更、まず1年半前より決定していた結核・感染症病棟の32床を閉鎖し、145床に昨年3月末をもってダウン・サイジングすることとしました。結核・感染症病棟は50年以上にわたり川口・鳩ケ谷・戸田・蕨・草加から東京都北東区部までの地域医療に多いに貢献し頑張ってきました。しかし、その分野を担当していた弟の益子健康院長も還暦を過ぎ後継者の問題や体力的にも限界にあり、多くの方々には大変にご迷惑をかけることになりますが断腸の思いでの決断でした。

そこで皆様に少しでも喜んでいただけるよう益子病院の機能充実を目的に診療・外来棟の改装計画を立てました。2階フロアーにある事務室・相談室・人事室・医局・婦長室などを、C棟5階の閉鎖した結核・感染症病棟を改装したそこにすべてを移動しました。空いた2階フロアーには今年中に1階と同じ広さの待合室を設けた外来ブースと内視鏡センターに改装する予定です。また、外来ブースを移動するにあたって病院IT化の最終段階である電子カルテ(大変に高額)はどうしても必要なのです。すでに医療の情報の一元化や安全や効率のためにオーダリング・システムやPACSを数年前より導入し、段階的に準備してきましたのでもう一歩で待ち時間短縮に繋がる電子カルテを構築するところです。

最後になりますが、私にとりまして昨年はいろいろと大変な年でありました。4月には特別養護老人ホーム「マッシーテラス」170床を新規に開設し、秋になり運営をどうにか軌道に乗せることが出来るまでになりました。そこに至るまでは新設ですので多くの職員の方々や利用者・家族の方々には大変な苦労を駆けたことや失礼があったにもかかわらず、我慢していただきましたことに対して深く感謝を申し上げます。

しかしながら、9月27日(日)には大切な末の弟の故益子健男(心臓外科医)が腎不全を患いながら多臓器不全となり黄泉の国へと旅立って行ってしまいました。勤務していた大学病院の准教授として臨床や教育の仕事に追われ、ストレスの渦のなか医者の不養生そのものでありやり残したことも多くあったものと思います。あまりに早く短い57年の駆け足人生で残されたものとしては残念でなりません。しかし、いまとなっては天上でゆっくり休みながら、残された多くの人々を愛と慈悲の心でどうか守りくださることを願っています。益子病院には週一回ですが、大学を卒業以来30年以上にわたり循環器外来を担当してもらっていましたので、お顔見知りの方も多くいらっしゃるのではないかと思い、ここに益子病院の歴史として書かせていただきました。

益子グループ理事長 益子博

益子グループ理事長 益子博